1点を追う九回無死満塁、サヨナラの好機に池田の林は、うっかり手袋をベンチに忘れてきた。「取りにいったら怒られる」。素手でバットを握るのは公式戦初。緊張と動揺で手が震えたが、気持ちを奮い立たせた。「第1ストライクはどこでも打つ。見逃したら負ける」。1ボールからの2球目をたたくと勢いのないゴロが、遊撃手のグラブの下を抜けてセンターへ。劇的な勝利に4万4千人が沸いた。
終盤まで敗色濃厚な展開だった。悪いムードを変えたのも林。八回、代打でバントを決めて2点を返す好機をつくった。昨秋の県大会、四国大会で「林は何度も試合の流れを変えてくれた」と谷部長。165センチの小兵は甲子園でも“ラッキーボーイ”となった。
かつての「やまびこ打線」のような迫力はないが、「『第1ストライクから打つ』『次の塁を積極的に狙う』。野球の考え方はやまびこ打線と同じです」と1979年夏に主将で準優勝した岡田監督。派手さはないが、粘り強い「プチやまびこ打線」が、92年夏以来の甲子園勝利を呼び込んだ。
古豪の復帰は地元ばかりでなく、全国からも注目を浴びた。甲子園に向かう前に、岡田監督が蔦文也元監督の妻、キミ子さんにあいさつにいくと、「できたら一つ勝ってね」と励まされた。「約束を果たせた」と指揮官は最高の笑顔をみせた。(村田雅裕)