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2026.05.22|コメント(-)トラックバック(-)

攻守に走り回った長友「なかなか仕事が多かった」


 サッカーのイタリア・セリエA第27節が9日に行われ、日本代表DF長友佑都が所属するインテルは、ホームでトリノと対戦。前半30分、インテルはFWロドリゴ・パラシオがヘディングシュートを決めると、その得点を守りきり1-0で勝利した。長友は先発フル出場を果たしている。

 以下は、試合後の長友のコメント。

「(FWが点を取り、DFは失点ゼロときれいな勝利だった?)そうですね。トリノは本当に良いチームで、難しいゲームになると思っていました。前半は相手が5枚のラインで引いて守っていたので難しかったですが、パラシオが良く(得点を)決めてくれ、試合を楽にしてくれて良かったです。
(引いて守ったのは、カウンター対策か?)そうですね。監督からも(トリノFWアレッシオ・)チェルチについては『良い選手なので、しっかりとカウンターや1対1の対応はしてくれ』と言われていました。僕も前に上がらなきゃいけないし、カウンターになったらチェルチのことを見なきゃいけないので、なかなか仕事が多かったですけど、今日はゼロで抑え切れて、勝利することができて良かったと思います。
(クロスを6回上げるチャンスがあったが?)タイミングが合う時もあれば、合わない時もあるので、そこは詰めていければ良いかなと思います。
(この勝利は大きい?)これまで何度も取りこぼしがあって、とりあえず今日は勝ってホッとしました。けれど、次にまた試合があるので頑張ります」

-Mitsuomi Kamio from Italy-

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2014.03.10|コメント(-)トラックバック(-)

[FA杯]シティが2部のウィガンに敗れ、ベスト8で敗退


[3.9 FA杯準々決勝 マンチェスター・シティ1-2ウィガン]

 [FA杯]は9日、準々決勝を行い、マンチェスター・シティは2部のウィガンと対戦した。昨シーズンのファイナルと同カードになった一戦は、2-1で再びウィガンが勝利している。

 前半27分、先にゴールを挙げたのは、ウィガンだった。DFマルティン・デミチェリスのファウルで得たPKを、MFジョルディ・ゴメスが決めて、1点リードで前半を折り返す。

 後半の立ち上がりにも、ウィガンは左サイドからのクロスに、MFジェームス・パーチが合わせて追加点を決める。マンチェスター・シティは、後半8分にMFジェームズ・ミルナー、MFダビド・シルバ、FWエディン・ジェコを投入し、流れを変えようとする。同23分にはCKのこぼれ球からMFサミル・ナスリがミドルシュートを決めて、1点差に詰め寄った。

 しかし、試合はこのまま終了。FA杯では2年連続、マンチェスター・シティを下したウィガンが、4強に進出している。

2014.03.10|コメント(-)トラックバック(-)

「電流マッチ」ターザン後藤 下町スナック「FMW」で活動中


 90年代、過激なファイトでプロレスファンから熱い支持を受けたFMW。そこで大仁田厚と「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」を戦ったのがターザン後藤さんだ。この試合は今も語り草になっているが、後藤さん、今どうしているのか。

 会ったのは東京スカイツリーでにぎわう東京の下町、墨田区京島にあるスナック「スーパーFMW茜」。“鬼神”と呼ばれたのがウソのような優しい目をしている。

「おかげで凄みが足りないって言われることがあるけどね。オレにはプロレスの師匠が2人いるんだ。ひとりはジャイアント馬場さん。馬場さんはレスラーはいくつもの顔を持ってないといけないと言ってた。もうひとりは“アラビアの怪人”ザ・シークで、彼は“24時間、自分はシークでいなきゃダメだ”が口グセだった。オレもどんな時でもプロレスラーとしての誇りを背負って生きてるよ」

 10年に12人が所属する「スーパーFMW」なるプロレス団体を旗揚げ。墨田区周辺を拠点に活動している。

「ウチはプロレスが好きで好きでしょうがない、プロレスがなければ生きていく価値がないって人間の集まりなんだ。下町にこだわるのは下町が大好きだから。オレが墨田区八広に住み始めて7年。仲間に入れさせてもらってるよ。街を歩くと、後藤さ~んって声をかけられるし、興行にはいっぱい応援に来てくれる。下町からプロレスのトップを目指したいね」

■セット料金3000円で飲み放題

 スナック「スーパーFMW茜」は3年前にオープン。昼は団体事務所として利用している。

「ファンとの交流の場が欲しくてつくったんだ。地元はもちろん、全国から来てくれるファンがいて感謝してるよ」

 3000円のセット料金でウイスキー&焼酎が飲み放題。カラオケも歌い放題だ。スタッフは演歌歌手の茜ちよみママと団体に所属するニューハーフプロレスラーの鮎川れいな。後藤さんは毎晩8時過ぎに顔を出す。


 さて、81年、全日本プロレスでデビューした後藤さんは83年、プロレス大賞新人賞を受賞するなど将来を嘱望され、85年、アメリカへ武者修行に。

「当時、アメリカは景気が悪く、なかなか試合が組めない。で、ジャパニーズレストランで皿洗い、ステーキハウスでシェフをしてチャンスを待った。日本のプロレス雑誌にはターザン後藤はプロレスから足を洗い、皿洗いをしてる、みたいな記事が出たりしてね」

 アメリカで悶々としていた89年、大仁田厚に誘われ、FMWの旗揚げに参加。
「最初はオレも兄貴の測量会社を手伝いながらリングに上がるなど、苦労が絶えなかったよ」

■「退団理由? 墓場まで持ってくよ」

 それが90年8月、大仁田との「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」で潮目が変わった。
「その年のプロレス大賞年間最高試合賞を受賞してね。プロレス一本で食っていけるようになった」

 当然、ファンは後藤さんと大仁田の関係は盟友、同志とみていた。それだけに、95年、大仁田の引退試合の相手に決まっていた後藤さんが試合1週間前に突然、FMWからの退団を発表したのは驚天動地の出来事だった。

「退団の理由? それは言えない。墓場まで持っていくよ。ただ、現役のプロレスラーの中でFMW魂を継承してるのはオレしかいないと思ってる。でなきゃ、団体名を『スーパーFMW』としないって」

 アメリカ遠征時代、現地の女子プロレス選手と結婚するも、離婚。墨田区八広の一戸建ての借家に一人暮らしだ。

2014.03.10|コメント(-)トラックバック(-)
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