
14日(金)から高知・土佐CCで開幕する国内女子ツアー第2戦「ヨコハマタイヤPRGRレディスカップ」の大会前日に行われたプロアマ戦は、前夜から強まった風雨の影響で9ホールへと短縮された。「大変でした。傘が“おしゃれ傘”みたいになっちゃいました(笑)」と、森田理香子は風を受けてすずらんの花のように萎んだ傘を思い出して笑顔をこぼした。
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昨年の賞金女王は、連覇のかかった開幕戦で2打差の2位タイ。「凄く良い滑り出しでした。優勝はできなかったけど、良いショットも良いパットもたくさんあった」と、今シーズンも幸先良い幕開け。「明日からが楽しみです」とショートヘアーを爽やかになびかせた。
コースは6,232ヤードと短いが、アップダウンがあり、グリーンはアンジュレーションのある砲台仕様。太平洋からの風が吹き抜けるホールもあり、「距離感が大事になる。(ピンと)同じ面に載せられないと難しいパットが残ってしまう」と、飛距離よりも技が求められる大会だ。
ポイントにあげたのはマネジメントと精神面。「コーライと違って変な曲がり方をするところが多いので、それはグリーンのせいにするんじゃないけど、あまり自分を追い込まないように静かにやりたいですね」と、冷静さを強調した。
テレビ東京系列で放送される今大会は、第1回から岡本綾子が解説を務めている。今週水曜日、師匠と共に練習ラウンドを行った森田は、「スイングは大丈夫と言われました」と胸を張った。「常に近くにいて貰えるし、不安なことはすぐ聞ける。あとはテレビを通して下手なことはできないので…」と、優勝争いとは別の緊迫感の中で今季2戦目へと臨む。(高知県香南市/今岡涼太)
ソチ・パラリンピック大会第6日の12日、ノルディックスキー距離男子スプリント(1キロ)のフリー立位で岐阜・飛騨神岡高3年の岩本啓吾選手(18)が初出場。障害を意識せずに育ち、2年前に日本代表監督にスカウトされて障害者スキーの世界と出合った。この日は35人中32位で予選落ちとなったが、初の大舞台を終えてすがすがしい笑顔を見せた。
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運命のいたずらのようだった。高校1年の冬、岐阜県スキー連盟の合宿で訪れていた北海道音威子府村。足を引きずって歩いていると、突然目の前に止まった車から男性が出てきて話しかけられた。「君、足に障害あるの。パラリンピックって知ってるかな」。それが始まりだった。
声をかけたのは、この村を訪れていた日本代表の荒井秀樹監督(59)。とりあえず連絡先を交換したが、どこか半信半疑だった。脳性まひで生まれつき両足が不自由だったが、本人にはずっと障害者という自覚がなく、障害者手帳さえ持っていなかった。
それは、母智恵子さん(43)の教育方針があったからだ。双子の弟悠吾さんと岩本選手は未熟児として生まれ、医者から「(障害などの)影響が残るかもしれない」と言われた。幸い弟に障害はなかったが、岩本選手はつかまり立ちも遅く、異常があるのは分かっていた。しかし、母は「障害を認めたらこの子は伸びない。できる、できないは別」と考え、弟と同じように育てた。
岩本選手は小学生になって授業でスキーを始めると、高校でも弟と一緒に、健常者と同じ部活で距離スキーに取り組んだ。「疑うこともなく、みんなと同じだと思っていた」。結果はなかなか出なかったが、健常者と同じハードなメニューをこなし力をつけた。それは間違いなく、ソチの地にたどりつく原動力となったはずだ。
スカウトされたことを智恵子さんに報告した後、病院で診断を受け、障害者手帳も取った。その後は海外遠征の日本代表にも選ばれ、そしてパラリンピック出場が決まった。岩本選手は「出合いがあったんだなと思います」と振り返る。
日本で待つ智恵子さんは「とにかくスタートして、ゴールして帰ってきてくれればいい」と愛息の無事を祈る。岩本選手は今、最終的に障害者であることを認め、ソチに送り出してくれた母に感謝する。「ありがとうと言いたい。この世界に来て良かった」。次は大会最終日の16日、距離の男子10キロフリーに出場する。その後、胸を張って母の元に帰るつもりだ。【宮田正和、ソチ岸本悠】
バルセロナの主力選手たちが米20世紀フォックスの人気アニメ「シンプソンズ」のキャラクターになった。これは同アニメ25周年を記念したもので、アニメ化されたネイマール、メッシ、シャビ、イニエスタの4人が印刷された商品が14年から販売されるという。
サッカークラブでは、すでにチェルシーがシンプソンズのキャラクターになっており、チェフ、ランパード、フェルナンドトレス、テリー、アザールの5人がアニメ化されている。